2020年01月14日

あとがき

『本当のことだま開運』を最後までお読み頂き、有難うございました。

如何でしたでしょうか?

『え?言霊だけで開運出来るんじゃないの?』なんて思われ、苦情を言いたくなった方は、どうぞ本書に記載しているメールアドレスまでガンガン苦情を送り付けて下さい^^;

でも、ご理解頂きたいのは、勿論言霊だけ使っていても、言霊によって様々な過去、過去世の罪が許され魂の借金が返済し終わった後、皆様には功徳の雨が降り注ぐことは間違いないでしょう。言霊以外で行うことに関しては、あくまでも魂の借金返済までの期間をぐっと縮める為の行いであります。

とにかく、何をやっても不運が続き、鬱になったり、時には死にたくなったり、次々と周りに不幸なことがおこりやすい人は、過去、過去世の罪は相当重い方でもあると思って、その魂の借金返済は簡単な事ではなくならないと思ったので、こうして、並行で行うと良いということを本書でお伝えしたかったので、魂の借金の返済手段やそれを実行に移すペースは皆さま各々の自由ですので、ご自身のペースで行われると良いと思います。

さて、最後に・・・
あなたはこの写真がどのように見えますか?

hikari-kaidan

この画像を魂の階段だと思って御覧ください。
魂の階段を見上げると、上の階層は希望の光に照らされていて、皆様は本日から、この輝くような上位の階層へと向かって登り始めた事でしょう。

日々、『ごめんなさい』と禊の言霊を発し、『有難うございます』と光の言霊を発し、色々と試行錯誤しながら他人の為に救けの手を差し伸べたり、周りの人に親切にして、笑顔で接するようになり。命無き形あるものの魂にまで『有難う』と言い、物を大切に扱えるようになり、やがて、過去、過去世の罪は許され、功徳を成就できる資格が与えられ、そして気付くのです。『ああ、なんて幸せなんだろう。本当に、生まれて来て良かった!この人生を与えて下さった、お父さん、お母さん、
ご先祖様、神様、どうも有り難うございます!』と、過去を振り返り不幸と思っていた辛い時期さえ、とても有り難い経験だったことに。過去の不幸な出来事にさえ一つ一つ心から感謝できる自分がいて『自分って生まれて来てからずっと幸せだったんだ。』ということに。

そして、再びこの本のこのページを開き、この画像をご覧ください。真っ先に思うのは、これは、上の階層からから下を見下ろしている階段だったんだ!と。そうやって見ようと、意識せずとも、そう見えているようになっているはずです。

いつの間にか、物を見る角度が変わっているんですね。
上から過去を見下ろすと、辛い辛い試練を乗り越えて来た過去の道のりさえ、こんなに光り輝いて見えているのです。

苦難の多かった人生だけど、だからこそ、色々経験出来て素晴らしい人生じゃん!こんな苦難を乗り越えて自分って凄いなぁ!偉いぞ!よく頑張った!って、ちゃんと褒めて自分を愛せるようになっています。

そのご褒美として、あなたはその先、いつも笑って過ごせるような、自分が楽しーーーい!と思えるような事を沢山経験して、素晴らしい思い出を沢山作って、そして、いつか天に召される時に『ああ、幸せな人生だったな~!幸せを分かち合った皆さん、どうも有難う!』って思って召されることが出来るような人生となりますように。

あなたが幸せに包まれ、あなたがいつも笑顔でいられる日を迎えられますように。本当に、心からお祈り申し上げます。



2020年01月13日

16.他人の幸せを祈る

前のお話に述べた、他人の幸せを人知れず祈ることは、とても尊い行為であります。

自分が不幸だと感じて生活の不満を解消したく、神に、あれよこれよと願うよりはとても高等な思いとして受け入れて頂けるのです。

人の幸せを心から願える人は、神様からも祝福され、また、人に愛されるようになり、沢山の幸せが引き寄せられるようになります。

もし、神社仏閣などに、あるいは教会などに足を運ぶ時間がなかったとしても、私達の住む人間界のような物質世界と違って、霊界には距離という概念がありませんので、静かに落ち着いた状況をつくり、どこでも、思いを馳せ、大切な誰かの幸せを願ってみてください。

更には、大嫌いな誰かの幸せを願ってください。

何かしらのいざこざがあったり理由があって、揉めたり喧嘩したりで、憎しみあってしまった相手を愛するというのはとても難しいですよね。でも、例えば相手がとても性格が歪んでいたと感じたとして、その人を嫌いになってしまったとします。しかし、いつかその相手が幸せに包まれた時、あるいは、自分の悪いことに気付きを得て、償い、めっちゃ良い人になったとしたら、嫌うべき対象ではなくなりますよね。

だから、嫌いな相手こそ、その人の幸せを祈るべきなのです。

その人の幸せを願い、そして、その相手に対しても『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!』と繰り返す懺悔の言葉や『有難うございます、有難うございます、有難うございます…』と繰り返し光の言霊を発することで、その人の魂に届き、やがて、嫌っていた相手との友情さえ芽生えたりするのです。

逆の立場で、嫌いな相手に、ごめんなさいとか、有難うと言われたとしたら、自分ならどんな心境の時にその言葉を受け入れることが出来ますか?

自分が幸せに満ち溢れている時って、細かいことなんてなんとも思わない!と寛容になれたりしますよね。

嫌いな相手でも、その人が幸せな気持ちに満ち溢れて、自分自身も幸せに満ち溢れていれば、お互い、過去の恨みつらみなんてどうでも良くなるものです。だから、嫌いな相手こそ、その人の幸せを祈ることがとても高度な魂の成長をもたらすのです。

是非試しに、嫌な奴に出会ったら、その人の幸せを祈り、有難うございます、有難うございます、有難うございます。と、お唱えするよう心がけて見てください。

家に神棚を設置し、神様のお札をお迎えするのも良いでしょう。ただし、神様のお札をお迎えしたら、日々、お水を変えたりお供えをしたりしなければなりませんが、日々神様に手を合わせることで、毎日参拝しているのと同じ効果があります。

その時に、だれか他人の為にお祈りするのもありだと思います。

そうして、この本でお伝えした、1連のことを繰り返していくうちに、いつの間にか自分の魂のフロアが上がっていることに気付く時が来るはずです。その時には、幸せの価値観も変わってきて、物事を見る時の角度も変わっていて、しっかり天から功徳を成就できる資格も与えられ、様々な幸運が引き寄せられ、その幸運をキャッチできるアンテナも磨かれて、日々沢山の功徳を成就し、幸せになっていることでしょう。

皆様の笑顔と幸せ溢れる人生を
心よりお祈り申し上げます。

2019(令和元年)12月26日


2020年01月12日

15.神仏と絆を深める開運

今までお伝えしたこと以外に、更に付け加えるとしたら、神仏を上手に頼るのも、魂の借金返済から高徳の成就にたどり着くまでの近道として良い手段だと思いお薦めです。

キリスト教のイエス様は、各々のカルマに対し、神に懺悔し、様々な試練を用事して下さって、自分自身の力でそれを乗り越えることのみで許されるとしているようですが、仏教の世界はとても人間に都合よく出来ていて、カルマを肩代わりして下さる仏様も数多くいらっしゃいます。ですから、お寺に参拝したり、お遍路をして、各所でお経を捧げたりして行くことで、数々の小さなカルマを一つ一つ仏様が引き受けて下さって、霊格のフロアが知らぬ間に上がっていたりすることもあります。

お遍路と言っても、絶対に四国まで行かなくとも、現代では各地方で出来るお遍路も多々あるようです。

私は東京都東久留米市在住だったので、最初は多摩88箇所を周りました。ネットなどで、都道府県名+お遍路 などで検索してみると近場のお遍路情報が出てくると思います。出てきた情報をもとに、1件1件回って、御本尊様にお経を捧げ、御朱印を頂いてくると良いでしょう。

そりゃあ、霊場の霊力は四国88箇所とは違うと思いますが、大切なのは一心に懺悔したり、祈願することで、しっかりと天に通じるのです。

お遍路をする時の交通手段は、徒歩でなければならないという決まりはなく、車を使っても良いし、自転車でも良いですし、お遍路の目的は御本尊様とご縁を結ぶことにありますので、お好きな交通手段で行うと良いと思いますし、どれくらいの期間でやりきらなければならないという決まりもありません。

日々、参拝を趣味にされてみるのも良いでしょう。現代は御朱印集めが密かにブームを呼んでいるようですし。

ところが、よく参拝しても、なかなか願いを叶えて貰えないとか、功徳な事に出会えない。というのは、まだまだ、相当な魂の借金があり、返済が終わってないのかもしれないし、それだけ重いカルマを抱えているのかも知れませんし、ここまでカルマは引き受けてもらったけど、功徳を成就するための資格を頂くまでに至ってない状況なのかもしれないですね。

私は大きな大きな大願を立ててお遍路いたしまして、じわじわと願い事がかなえられるような方向へ導かれて行き、ついに1年8ヶ月も経ってから、大願が叶いました。

私自身、あまり欲がないので、滅多に願い事を持って祈願しに行くことはないのですが、たまに、ちょこちょことお願いしにいくと、小さな願い事でしたら、さらっと叶えられる感じです。

なので、なかなか願いが叶えられない人は、日々、誰かの役に立つようなこと、人の助けになることを心がけてみると、魂の借金完済まで、グッと時間が短縮されるので実践してみましょう。

ボランティア活動するも良し。

街のゴミ拾いをするも良し。

電車に乗ったら、妊婦さんや御年寄にお席を譲り、飲食店やコンビニなどでトイレに入った時、洗面所が汚れていたから、キレイに拭いて次の人が気持ちよく使えるようにして去って行くも良し。

見知らぬ子供がイタズラをしていたら、優しく叱って諭して差し上げるのもよし。

電車で子供が靴を履いたまま座席の上に立っていたりして、親がスマホに夢中で気づきもしなければ、親御さんにこっそり注意して差し上げるのも善行となります。

通りすがりですれ違うご老人に『こんにちは』と笑顔で声をかけ、ご挨拶を交わすことも、人と人が心を交わし暖かい気持ちになれるということで、小さな善行になります。

他人にばかり目を向けずに、ご自身の家庭に対して、家族に笑顔で接していますか?日々、当たり前のように世話してくれていることに、やって貰って当然。と思って感謝することを忘れてませんか?

お子様が生まれてきた時、生まれて来てくれてありがとう!と思って心から感謝した時の気持ちをいつの間にか忘れてたりしませんか?時には家族を憎んだりしてしまう人も少なくありませんね。


今一度、身近な人への態度や気持ちはどうか、見つめ直して見てください。

母の日、父の日、敬老の日、勤労感謝の日、こどもの日、お誕生日、結婚記念日、様々な記念日や祝日が感謝を伝えるきっかけとして用意されていますので、それらを利用して、心からの感謝をお届けするのも素敵なことだと思います。感謝すべき相手に感謝の気持ちを込めてメッセージを伝えて差し上げることで、相手の心が喜びや幸せに満たされる瞬間を与えてあげてください。

それでも、善行できる機会を見つけられない人は、神社仏閣などに足を運んで、誰か他人の幸せを祈りに行き、寸志のお賽銭をお布施とすることも、善行のひとつとなります。

そうやって、神社仏閣で神仏とのご縁を結び、日ごろの善行で神仏からの信用をひとつひとつ作って行くことを是非心がけてみてください。